吹雪の中 決死の逃避行:「アウトドアで行こう」

クライミング, 気象・気候, アウトドア, 自然, 執筆・メディア掲載

北海道新聞にコラム「アウトドアで行こう」掲載

吹雪の中 決死の逃避行

北海道新聞釧路版のコラム「アウトドアで行こう」の連載9回目。

カラコルムのスンマリ峰遠征の話。

吹雪の中 決死の逃避行

絶え間なく降り続く雪が、テントの生地をサラサラと流れ落ちる。時折、上部の岩壁からチリ雪崩(小規模な粉雪の表層雪崩)がテントを岩壁から引きはがそうと襲いかかる。
ここはパキスタン・カラコルム山脈に位置するスンマリ峰(七二八六m)の高度六千四百m地点。テントが張られているのは、急峻な氷壁を削って作った畳二畳にも満たない氷のテラスだ。
2005年夏、私は遠征隊に参加し、この鋭鋒で登山活動を行っていた。ルートは予想以上に手強く、不安定な天候や雪崩の危険のため高度を稼げずに日数だけが過ぎた。
前日に登山活動の終了が決定され、私達二人の隊員は高所キャンプで最後の夜を過ごしていた。天気予報は嵐の襲来を告げ、風雪はどんどん強くなって来ていた。
翌朝、吹雪の中撤退を開始した。この高度の酸素濃度は平地の半分以下、登山靴を履くだけでも息が切れる。苦しい呼吸に耐えながらテントをたたみ下降を開始した。
下降中もひっきりなしに小さな雪崩や、落石が襲いかかる。さらに天候が悪化すれば撤退すら不可能になる。ほとんど滑り落ちるようなスピードで長い逃避行を続けた。
生還するために全ての力を集中している時の緊張感には背筋がゾクゾクする程の快感ある。私が山を登る理由は一種麻薬的なこの魅力のせいかもしれない。
ベースキャンプにたどりついた時、やっと安心感がこみ上げた。
帰路にたつ日、天気は無風快晴だった。

キャプション:
上 吹雪の中、スンマリ峰を撤退する筆者=2005年8月
下 スンマリ峰(標高7,286m)